ロンドン五輪日本代表候補選手発表記者会見にて 印象的だった場面から その2
■ 日本版ハビエル・オチョア:意識不明の重体から五輪に出場し、さらなる大けがを克服した元競輪選手

ロードの五輪出場選手は、先に確定となっていた別府史之選手に続き、新城選手の出場が先の記者会見でアナウンスされたわけだけれど、その際の発表会で、パラリンピック競技大会に出場する下記4選手も発表になり、同席していた。

藤田征樹選手、大城竜之選手、石井雅史選手、伊藤保文選手(パイロットとして大城選手とペア)

藤田選手、大城選手が口をそろえて言っていた言葉が印象的だった:

「お忙しい中、障がい者スポーツの会見も一緒に開いていただき、尽力して下さった方々にお礼申し上げます」。

同時発表の経緯はわからないけれど、これが上記4人の選手たちのなお一層の励みになるかもしれず、既成概念にとらわれずにトータルな自転車競技としてあらゆる面で力の向上を目指そうという関係者の気概の表れだとしたら、それはとても好ましいことのように思えた。

そして今回驚いたことは、石井雅史選手の奇跡の回復。

以前トクダネでも取り上げたことがあるけれど、石井選手は元競輪選手。
28歳第一線で活躍中、”ロードでの練習中、対向車と正面衝突”して意識不明の重体になったそう。

そこから奇跡の復活ぶりは、ハビエル・オチョアさながらといっても過言ではない。
(オチョアのリンクはInfoseekサービス停止により、5月末で切れます。)

北京五輪では3種目で金銀銅メダルという破竹の活躍ぶりで、広くその名が知れ渡った。

ところが、更なる悲劇が彼を待ち受けていた。
09年世界選のレース中、落車で”上半身数箇所の骨折および肺損傷”(WIKI)。

恐ろしい怪我でその時はショックだったけれど、その後のリハビリ状況をフォローしてはいなかった。
それだけに、今回出場選手に選ばれたことを知り、血のにじむような努力の末の晴れの舞台であると推察した。

また、藤田選手については、08年9/7に掲載したトクダネ(当時頂いたメールから)から抜粋してみる:

「パラリンピックで日本人選手のメダル獲得第一号が、自転車競技だったようで。
藤田征樹選手のことは存じ上げなかったんですが、事故で両下腿切断されてるんですね。

もともとトライアスロンをなさっていたらしいのですが、事故後すぐに
義足を使って歩くことが出来るのなら、トライアスロンも出来るかなと」考えたのだとか。

ご本人の努力と精神力にただただ脱帽するのみですが、
義足を開発・改良する「義肢装具士」という方達の絶え間ないチャレンジもあるのですね。」


大城選手については、前回五輪でメダルまであと一歩であったことに触れ、今回メダルへの手ごたえを聞く質問があった。
高負荷トレーニングなど強化を行ったとの由。
前回メダルを逃した悔しさをばねに、メダリストである藤田・石井御両人の背中を追いつつ頑張ってくれそうだ。

e0244689_8114618.jpg

[PR]
by maillotvert | 2012-05-04 09:05 | Races other than RR
<< ジロ初日プロローグの覇者テイラ... パンターニジャージを特定する >>