カテゴリ:Road Races( 58 )
学連事務局ニュース:2014世界大学選手権自転車競技大会
本年7月にポーランドで開催される、2014世界大学選手権自転車競技大会http://www.cycling2014.com/のロードレース代表選手が、選考大会として指定されていた、全日本学生選手権個人ロードレース大会(6月7-8日に長野県木祖村にて開催)の結果により内定した。

今後、JCF,JOCの承認手続きを経て正式に決定する。

男子
山本 大喜   鹿屋体育大学 2014年学生選手権ロード4位
徳田 鍛造   鹿屋体育大学 2014年学生選手権ロード5位
阿曽 圭佑   中京大学 2014年学生選手権ロード6位
徳田 優    鹿屋体育大学 2014年学生選手権ロード7位

女子
合田 祐美子  早稲田大学 2014年学生選手権ロード1位
江藤 里佳子  鹿屋体育大学 2014年学生選手権ロード2位
樫木 祥子 駒澤大学 2014年学生選手権ロード3位
伊藤 杏菜   中京大学 2014年学生選手権ロード4位

なお、全日本学生選手権個人ロードレース大会では朝日大学の秋田拓磨が初優勝した。


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by maillotvert | 2014-06-12 06:37 | Road Races
TOJを終えたランプレの選手たち
SNさんから届いたメール。
ツアー・オブ・ジャパンが終了した翌日、ランプレの選手たちを見送ったそう。
時差もあって大変だけど、来日してくれて感謝!
以下メールから:

バスに乗り込む選手たち。白いリュックを背負っているのがポッツァートです。
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デジカメで撮影しているのに気がつくと、にこっと笑いつつ、
Vサインをしてくれました。
最初は静止画かと思ったらしく、一旦立ち止まってくれましたが、
「いやいや、大丈夫だよ」というと「OKかい?」とにこっとしてくれました。
ビッグネームなのに、ファンサービスが良いですね。
応援したくなります。
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by maillotvert | 2014-06-08 23:22 | Road Races
2014年ジロ第9ステージ

3週間のお楽しみジロは本日がファイナルステージ。
私が見に行ったのは、大体大会の折り返しとなる第9ステージだったのだけど、
びっくりしたことに、丁度同じ日に、ジロを観戦してきた方(寒すずめさん)がいて、
メール&画像をいただいた。

といっても寒すずめさんが観戦されたのはスタート地点。
ゆっくり選手たちを見ることができた様子。

片や私が見たのはスタートから1時間以内で到着するピアチェンツァの町。
言わずもがな、一行は、風のように通り過ぎていったのだった。

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*****以下、寒すずめさんからのEmail*****

第9ステージ、ルーゴでの出発時の様子です。

なんと目の前に砂田さんがいるではありませんか!

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すっかりハイになってしまった私、図々しくも思わず声をかけてしまいました。

すると砂田さん、こちらへ歩み寄って来て二言三言ではありましたが
お話をしてくださったんです。

選手たちの生の姿を見るよりも興奮して感激してしまいました。

ちなみにこの後、新城選手や別府選手が前を通ったりしたのですが、
一段と大きくなった周囲の歓声のために気がついてもらえませんでした。

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***** 以 上 ******
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寒すずめさんの写真を見て、おや?、と思ったのが観客の数。

スタート地点の割には少ない。
電車の便がいいから、と私が見に行ったファエンツァの町の観客数といったら本当にまばらで、
もしかしたらこの町の人たちは、そんなに遠くないからとルーゴまで見に行ったのかも、
きっと出発地点はさぞ大賑わいだったのでは、
などと思ったわけだけど、意外にそうでもなかった感じ。
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以下、ファエンツァの通過地点はこんな状態。

まずプロトンがくる1時間前にキャラバン行進。
とはいってもツールと違ってグッズばらまきはないので、
街は静かなもの。
レース開始になったらどっと出てくるのかな、などと思いつつ。

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通過予定時刻15分前になって、やっと道路が一部閉鎖に。
お巡りさんが、縦の道は通行止めにする。
横切る道は、直前まで通行OK。
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観客が、どっと出てきた!という状態でもなく、三々五々!

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なんとなくローキーな中、ハイテンションな人も。
例によって、なぜか写真をせがむ人々。

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Rock Racingのジャージでお出ましの方も。
なかなかイカしている。
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先ほどのピンクの子供たちは、ちょっと見やすい方に移動。
ゆるーい観客が、折角なら見ていこうか、的な雰囲気で立ち止まる。
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来ました。
とはいっても、道路の向こう側。
私はこちら側で陣取るしか選択肢がなかった。
というのもプロトン通過予定時刻の15分後の電車でモデナに向かわねばならない。
駅は手前。
道を渡ってしまって、チームカーが通り過ぎるまで通行止めが続いたら間に合わない恐れがある。
仕方ない、リスクはとれない。
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まっ平なので、もちろんあっという間。
折込み済みだけど。
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過ぎ去った後、例のおふたりさんは満足げ。
観客は蜘蛛の子を散らすように、あっという間に退散。
あっけない~。
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列車には余裕で間に合い、モデナの町ではこんな展示も。
この2日後、この町がスタート地点になるので、ちょっと盛り上がっていた。

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なんだか昔を思い出した。
右も左もわからずにツールを見に行ったあの日。

どうしていいかわからず、特に欲もなく、ただなんとなく行ってみた。
そういうさり気ない感覚。
久しぶりだった。



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by maillotvert | 2014-06-01 23:18 | Road Races
2000年5月のニュースアーカイブを移行
昔契約していたプロバイダーの消滅とともにネット上から引き揚げたニュースに付き
手元アーカイブから復旧中。
とりあえず、2000年5月のサイクルニュースを下記にて復旧:

http://blog.livedoor.jp/maillotblanc/
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by maillotvert | 2014-05-06 22:08 | Road Races
アーカイブ・エントリー情報
2000年05月11-14日までのニュースアーカイブを下記に入れました。

ジロ直前の時期でもあり、当時はパンターニとチポッリーニの動向にかなり注目が集まっていたことが感じられる。
今のようにツイッターなどもなく、情報が入る選手に偏りがあることは確か。

http://blog.livedoor.jp/maillotblanc/


◆ 2000年05月01-09日までのニュースアーカイブを下記に入れました。
結構忘れているニュースがあってびっくり。

昨今、新城幸也選手が活躍しているツール・デュ・リムザン。
2000年に深刻な存亡の危機に直面していたこと、失念してた。

http://blog.livedoor.jp/maillotblanc/
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by maillotvert | 2014-03-25 23:44 | Road Races
ポッツォヴィーヴォが4年前に(内輪で)注目されたワケ
ジロ第8ステージを制したドメニコ・ポッツォヴィーヴォ(身長165cm)のコメントがいい。
「僕はでっかいことを考えるには、小さすぎて、ただただ1日1日地道に走って行くだけ」(RCSニュースレター)

さて、このポッツォヴィーヴォの話を取りあげたのは2008年10月のこと。
とはいっても、彼のことが言及されるに至ったキッカケは、まったくもって方向違いの話題だった。
その話題とは・・・『古今東西ポディウムガール比較』。

2007年、シュトゥットガルトの世界選に行って、余りにたまげたもので、書かずにはいられなかった。
ポディウムガール(表彰式セレモニーでメダル渡しなどお手伝いするギャルたち)の衣裳が、”只今就活中”っぽかったのだ。

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質実剛健なドイツのお国柄、とはいえ、これはお堅過ぎやしないだろうか、と思ったものだ。
これなら2006年、ザルツブルクの世界選のポディウムガールは地味で、さほど洗練されていなかったけれど、民族衣装で悪くなかった。

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でもやっぱり、08年ヴァレーゼ(イタリア)のポディウムガールは、きらびやかで群を抜いていたっけ。
使用した競技場は、競馬場を改造したものの、工事が間に合わず、ウォームアップする場所などはところどころ”工事を途中で打ち切りました”状態で足場が悪く、テキトー、という状況だったのに、
なぜだかポディウムガールの衣裳だけは、色とりどり、何パターンも用意して、このアンバランス感は一体???

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などという話を当時(08年)エントリーしたところ、こんなメールをもらった。

「ポディウム・ガールと聞いて、すぐに思い浮かぶのが2004年のヴェローナ(の世界選)。」

なんとなれば、ポディウムガールがちょっと残念な仮装大会だったのだ。
⇒ CNから

これは一体どうしてしまったのか、いくらコロッセウムを使ったオペラ上映で有名なヴェローナとはいえ。。。。などと盛り上がったのだった。

そしてその脈絡から話は04年世界選に及び、

フレイレさんがハット・トリックを決めた年でしたが、最も印象に残ったのが
U23でRRもTTも2位だった小デッケルの膨れっ面。
写真を探しつつ2004年のリザルトを見たならば、ジュニアのRRではクルイツィガーが優勝。
ヘーシンクやカペッキの名前も見えます。
U23では、RRがシフトソフ、TTがブライコビッチ、デッケル、ニーバリ(銅メダル姿がういういしい)。
他にもヴィスコンティやポッツォビーボも。
4年後にしっかりエリートでも頭角を現してきているのはさすがですね
(当時の頂きものメール引用)

話がまわりくどくなったけれど、04年世界選で活躍した選手、としてポッツォヴィーヴォの名前がここで参照された。
U23のRRで暴れてレースを活気づけ、最終的に4位だったものの、存在感を印象付けたのだった。


ところで、上述の通り洗練されたポディウムガール(ちょっと暴走しすぎて残念に終わった例もあれど)で絶賛したイタリアだけど、ことGT(グランツール)となると、ツールにその地位を奪われてしまっている。

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2005年だったか彼女たちに話を聞く機会があったのだが、ツールのポディウムガールの躾けはかなり厳しい。
というより、そもそも選考審査自体がかなり厳密だ(続く)
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by maillotvert | 2012-05-14 08:09 | Road Races
テイラー・フィニーのコメント
ジロ第3ステージ。
ロベルト・フェラーリ(アンドローニ・ジョカトリ)のゴールスプリント時の斜行によりなぎ倒された選手たち。
最も被害を受けて動けなかったマリアローザのフィニーのコメントが健気に映った。

「クラッシュのあとただちに路上に座り込み続けた。ちょっとショックでね。
救急車に乗り込んだら、右ひざが腫れてた。
アイシングしたらずいぶん痛みが和らいで、フィニッシュ地点に戻ったんだ。
だってピンクのジャージを着続けたかったから。
クラッシュしたのは残念だし、起こって欲しくはなかった。
でも、クラッシュも自転車競技の一部。
シリアスでないことを祈る。」(下記に原文)

一部後続選手が彼の上に乗り上げて行ったようにもみえ、ショックはさぞかしと。
元凶であるフェラーリは、一番ナーバスな集団スプリントゴールシーンで、道を横切るような進路変更。
確かに上から眺めると、ゴールシーンはケイオスそのもの。
ちょっとした突きや押しこみは多々。
でもそれでもそれなりに、秩序と不文律はあるはず。

“Immediately after the crash I stayed sat in the road because I was a bit shocked. I got in the ambulance and my right ankle was swollen. I put ice on it and so it’s a lot less painful. I then went back to the finish because I wanted to pull on the pink jersey. It’s a pity that I crashed, I wish it hadn’t happened. But crashing is part of cycling. I just hope it’s not serious.”(フィニーコメント)

そして、フェラーリ降格もあり9位になったフミ。
エースのマシュー・ゴスを優勝に導いたその存在感がじわっと嬉しい。
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by maillotvert | 2012-05-08 08:02 | Road Races
ヤエスメディアムック 山口和幸さんの「もっと知りたいツール・ド・フランス」
祝、出版!
山口和幸さんの「もっと知りたいツール・ド・フランス」

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取材歴23年! ツールをもっともよく知る記者が
世界最大の自転車レースのすべてを説き明かす
カラー写真と小河原政男のイラストを多数掲載

ヤエスメディアムック363
もっと知りたいツール・ド・フランス
山口和幸 著

 1903年に始まった世界最大の自転車レース、ツール・ド・フランスは来年(2013年)に100回大会を迎えます。世紀の記念大会に向け、ツールのすべてを解説するムックを出版します。
 著者の山口和幸は、1989年以来連続23年、ツールを取材。日本でツールを最もよく知る記者です。
 本編は東京中日スポーツ紙に週1回2年間連載した記事がベース。テーマ別の4章構成で、4つの視点からツールを解説します。
 第1章 歴史、第2章 人物、第3章 一周旅行、第4章 イベントを支える脇役たち。さらに、全体像が分かるツールの概要記事が載ります。
 読者対象は、自転車レースに興味がある人からツールをもっと深く知りたい人まで。日本人が執筆した“ツール本”ではもっとも内容が詳細で、読み応え十分です。

発売日(予定):2012年5月17日(木)
発行:八重洲出版
体裁:菊判(天地218mm×左右152mm 網代とじ 美麗カバー装
カラー写真とイラストを多数掲載。
版式/総ページ数:カラー印刷/196ページ(予定)
予価:1,785円(本体1,700円)
雑誌コード:69038-67

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by maillotvert | 2012-05-08 00:06 | Road Races
ジロ初日プロローグの覇者テイラー・フィニーの過去の記事から
アメリカ人がツールの一斉スタートコースで初めて区間優勝をあげたのは'86年のこと。
栄光に浴したのは、セブンイレブンチームのデイヴィス・フィニー。
昨日ジロ初日を飾ったテイラー・フィニーの父親だ。
現在パーキンソン病と闘っている。

デイヴィスは1988年Velonews最優秀アメリカ人選手賞を受賞。
親子2代で活躍中。

というわけで、過去のフィニー関連のアーカイブ2本。

最初のニュースは、フィニーが07年当時、いかに高く買われていたかを物語る。
コンタドールやライプハイマーより先、ランスの次に風洞実験体験者に抜擢されている。

ちなみに、2番目のニュースに出てくるランディス06年Velonews賞受賞関連ニュースの中では、その受賞理由に虚を突かれた:
「彼の活躍ぶりには、一点の曇りもないから」!??

昔の記事の中には、ごくたまに、読み返すと「あちゃー orz」と思うものがあるものだ。


=== 2008年11月のアーカイブから ===

先日来来取りざたされているランス・アームストロングの風洞実験@サンディエゴ。
風洞トンネルを使って、エアロダイナミクスの最適化を図るというもの。

ディスカバリーチャンネル時代にランスのまわりに集まったF1チームと呼ばれる流体力学のプロたちが再度結集。

同じ日、ランスのあとに実験にトライしたのは、米国トラック界の新星テイラー・フィニー。追い抜きで目下驀進中。
フィニーは来年、素質を見込まれランスのU-23チームで走る。

翌日にはライプハイマーとコンタドールも実験を行った。


=== 2007年1月のトクダネアーカイブから ===

雑誌Velonewsが読者投票で選んだ2006年北米最優秀男子選手はフロイド・ランディスだった。ツールでの疑惑は晴れていないものの、第一回大会となったツール・ド・カリフォルニアで優勝した。受賞理由は、『彼の06年の活躍ぶりには一点の曇りもないから』、なのだとか。

2006 フロイド・ランディス
2005 ランス・アームストロング
2004 クリス・ホーナー
2003 タイラー・ハミルトン
2002 ランス・アームストロング
2001 ローランド・グリーン
2000 マーティ・ノースタイン
1999 ランス・アームストロング
1998 ランス・アームストロング
1997 ボビー・ジューリック
1996 ランス・アームストロング
1995 ランス・アームストロング
1994 マーティ・ノースタイン
1993 ランス・アームストロング
1992 アンディ・ハンプステン
1991 マイク・エングルマン
1990 グレッグ・レモン
1989 グレッグ・オラベツ
1988 デイヴィス・フィニー

過去の受賞者を見ると少々意外だったり、なるほど、と思ったり --------------

● ツール7連覇を果たしたランスが近年毎年受賞したのかと思いきや、7連勝中の受賞は3回だけ。初回、02年、7勝目の年だ。

● 逆に7連覇する前に、彼は4回受賞している。93年初受賞(オスロの世界選優勝、ツール区間優勝の年)、95年クラシカ・サンセバスティアン優勝、ツール区間優勝の年、96年フレッシュ・ワロン優勝の年、そして98年ガン克服してブエルタ総合4位に入った年。

● 04年の受賞者はホーナー。長年の下積みを経てWebcorからサウニエルというトップチームにやっとカムバックできた年。

● 03年ハミルトンはやはりツール鎖骨骨折で区間優勝というのがアピールしたのだろう。

● 01年受賞者のグリーンはMTBの選手でこの年世界選を制した。

● 2000年、94年の受賞者ノースタインはケイリンで活躍した選手。

●97年はコフィディス時代のジューリック。ルート・デュ・スュッドなどで4勝を収めた。翌年彼はツールで総合3位になるが、ランスがガンから復帰した年だったので、ランスが受賞した。

●92年の受賞者は、ツールのラスプデュエズステージの覇者でありツール総合4位だったハンプステン。

● 91年の覇者は当時活躍していた選手らしい。リムザンなどで総合3位になるなど、ヨーロッパのレースにも出場。

● グレッグ・レモンは意外にも獲得は1度だけ。銃で撃たれ、重傷をおったあと(参考:KazGさんのサイト) ケガから復帰してツールでフィニヨンを辛くも破って優勝した89年ではなく、その次の90年のツール優勝時だ。

●89年の受賞者はUSチャンピオン。

● 88年の覇者フィニーはこの年クアーズクラシックで総合優勝。同大会区間22勝の記録保持者。
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by maillotvert | 2012-05-06 09:16 | Road Races
ツール・ド・ロマンディ のプラスマイナス
スイスのフランス語圏を駆け抜けるツール・ド・ロマンディのマイナスポイントは、例えばー

1.スイスフランを両替する不便さ

本レースは2回観戦した。最初の時はレートが悪いとは知りつつも、日本でスイスフランのキャッシュを両替して持って行った。
2度目は、現地で替えることに。
ところがベルギーから移動する列車が大幅に遅延。スイスに到着した時には銀行はすべて閉まっていた。駅のキャッシュディスペンサーは、スイスの銀行カードしか使えず。
宿はタクシーなしでは行かれない場所。でもタクシーはスイスフランしか受け付けないという(今ではカードもOKかもしれないけど、あの時はダメだった)。
えー、宿泊先に辿りつけないよー、、、

そこで、駅から500mの宿に駆け込んだ。その日予約しようとして満室と断られたホテルがそこにあった。ロビーで両替をさせてもらおうと思ったのだ。
事情を話すと、急なキャンセルでその晩、1室空いているとのこと。
渡りに船で、その宿で手を打つことにした。

両替所を探しまわったり、人に聞いたりしている間にとっぷり日は暮れ、というより、すっかり夜の帳が下りていた。もう動くのが面倒だった。
さらにそこにたどり着くまでに、スーツケースをころがしつつ急な登り坂をてくてく上って、ぐったりだったのだ。

予約していた宿は当日キャンセルは全額負担という条件だったけど、もうどうでもよく思えた。
とりあえずキャンセルの電話をしてみる。
列車遅延でかくかくしかじか、と説明すると、「お電話ありがとうございます。キャンセル代は頂きません」と。

ちょっと感激。
予約専門サイトで予約してたら、自動的に引き落としだったかもしれない。
ホテルの直の予約システム経由だったおかげかも。

2.物価、とりわけホテル代と食費が高いこと、など

宿代、高かった。
さらに、食費が高かった。
ホテルで手頃な店を教えてもらった。が、スイス人の手頃という感覚は、東京人のそれよりハイスタンダードらしい。
教わったチャイニーズの店。昼食は1皿最低1800円から。
一番安い1皿というのは、ラーメン。
それからえびチャーハン(それだけでなにも付いていない)
マクドナルドはあったけど、日本よりもちろん高い。
そもそも一人の食卓。スイスでマック、というのも、なかなか悲哀を感じるのだった。

ああ、でもあの頃より外為事情も随分変わったから、スイスの物価の感覚、今はちょっと違うかも。
ただし、スイスフランがユーロ並みに弱くなっていれば、の話。

そのほか、現地の人いわく、この時期のスイスは天候が一様に悪いとのこと、雨が降っていなければ、かなりラッキーという状況なのだそうだ。
2度目の観戦がまさにそのティピカルな5月のスイスの天候に当たってしまい、日本の穏やかな春が恋しかった。


一方、このレースのアドバンテージといえば -
列車でまわれる、移動距離比較的短い、年によっては5月の連休と一部だぶったりして時期的に休みが取りやすい、など。
さらに、(表彰式の際など一部を除き)選手とファンの間を隔てる垣根がほとんどない点だろうか。

ビンゲン・フェルナンデス(現ガーミン監督)
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フミ
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オスカル・ペレイロ
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ニコラ・ロッシュ
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デニス・メンショフ
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ブラッドリー・マッギー
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by maillotvert | 2012-04-29 19:02 | Road Races