カテゴリ:Road Races( 58 )
ツール・ド・ロマンディ 2005 : 世界の車窓から、、、みたいな
ガタンゴトン、列車はのどかな景色を車窓いっぱいに映し出しながら山々と湖の間を縫って進んでいく。
まるで「世界の車窓から」の世界みたい、そう思って写真を1枚。
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肝心の窓の外の景色が白んでしまってこの写真ではよくわからない。
この家族たちが、そして私がそこで目にしたものが。
では外だけに焦点を当てて、もう1枚。
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なにしろ休みが急に取れることになり、その間開催されているレース、として選んだだけだったツール・ド・ロマンディ。
一体どんなレースなのだかよくわからなかったけれど、この空と湖と山々が渾然一体と溶けあう姿を見られただけでも、来た甲斐があったかも。

この景色には心が洗われた。
スイスを訪れたのは3度目だったのに、あの時体験したスイスがとりわけ私の心を捉えて放さなかった理由は果たしてなんだったのやら。
ロマンディ地方ならではの、たおやかさゆえなのか?あるいは私自身がそういうものを心底欲していた時期だったとか?
それとも単に天気がよかったから、そんなオチもありかもね。

こんな風景に毎日接していたら、人間悪いことなど考えもせず、犯罪率も低いのではないかしら、そんなことを、列車で相席になった人に問いかけてみた。
ところが、答えはそんなに甘美なものではなく。

冬の厳しさは格別で、自殺率が多い、のだとか。
ハタで見るほど世の中きれいごとばかりじゃないんだよと、かすかに憮然としたその目は訴えていた。

話を聞いた相手は、レースの余興に雇われたというアコーディオン弾き。
古式ゆかしいアコーディオンがばりばりのプロスポーツ競技の場で活躍するとは、ねぇ。
ちょっとちぐはぐなこの組み合わせが、滞在して以来時折垣間見るスイスの垢抜けなさ(*)と、どことなくマッチしていた。
(例えばレース前にフォークソングが流れたり、とか、誰も振り向いてくれないこんな余興で必死に盛り上げようとしたり、とか。)
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そのアコーディオン弾きのおじさんは、ポルトガル人が大嫌いだった。

どこかのレースで、ポルトガルチームの監督車に轢かれて大怪我を負ったせい。
後遺症なのだろう、からだの半分をひきずる姿や痛々しくて、ポルトガル人の悪口が止まらないのも無理はない。

その彼は、なかなかニュース通でもあって、突然こんなことを口走って私を驚かせた。

「日本の列車は効率ばかり優先して、人間の心を失っているんじゃないか」。

前日、TVの前で唖然とした記憶がよみがえる。
スイスのニュース番組が、こぞって日本の事故を報じていた。
あの忌まわしい福知山線の事故を。

日本でこんなことが起こるなんて。異国にいるだけに、現実のことのように思えなかった。
おじさんの言葉に、ぐうの音も出なかった。

昨日は事故から7年目だったそうだ。
つまりロマンディを見たのも7年前だったということ。

この事故の報道に接するたびに、凄惨な現場の映像とはまるで正反対の、あの穏やかなスイスの山々の記憶がよみがえる。


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by maillotvert | 2012-04-26 22:24 | Road Races
FACEBOOKでチーム入りが決定/ 浪人時代のせつなく苦い思い
アサド大学チームに移籍後、チームの国籍イランに隣接するアゼルバイジャン共和国で開催されるアゼルバイジャンツアーが初レースとなったオスカル・プジョル。

ロット放出後、アサド入りを果すことができたのは、スペイン語を話すNg Yong Li というマレーシア人選手のおかげだったそう。

Ng選手は、今年アサド大学チーム入りを果たしたばかり。そんな矢先、スペイン人ブロガーに、「チームで走る選手を探してるんだけど」と持ちかけた。

それがプジョルに伝わって、最後はFACEBOOKのDMで、入団交渉が決定したという。
同時に、02年オンセにいたビダル・セリスもスペイン人として同チームに加入・・
そんな一連の話を、下記メールで知った。

以下、ioriさんのメールから ========
この記事(オスカル・プジョル選手 移籍についてのインタビュー)が気になりました。
こうやってでも大好きな競技を続けて、一度手放したものをまた掴もうとする姿に感動、というか、すごいなぁと。
一昨年は急きょ来日させられて、多分なんだかよく解らないままレースに参加し、それでも楽しむ姿を見せてくれた彼かと思うと、更にひいきをしたくなりました。
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で、その記事を更に読むと、チームなしの時期の苦い思いが伝わって来る。

GEOXのように、設立してはすぐに解散してしまうといったスペインチームの問題を彼は指摘。
さらに、本人の言葉によるとー

チーム数も少ない。アンダルシアは(交渉の)最終局面でそっぽむいてしまった。カハルーラルは、とっくの昔にチーム満員御礼だった。ほかのチームにも電話をしたけど、”君はUCIポイントを取得してないからなぁ”と言われた。』

ちょっとせつない。
でも、今では前向き。
アジアランキングで1位か2位になれば、その枠内ではメジャーなレースに参戦できるから。
もちろん難しいことはわかってる。

韓国ツアーの航空券は手元に届かず4/22-29のレースは逃したのだそうだけど -

アゼルバイジャンツアーの航空券はもうすでに手にしている。そのあとはインドネシア、中国』、と。

とにかく走るのが大好き。
夢と希望を捨てなかった。でなければ、とっくに選手の道を捨てていた。夢に向かって闘いたい。自転車選手になる夢、そして、その夢がボクを幸福感で満たしてくれる。前を向いて歩んでいく。決してあきらめない。』

2010JCにて
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2010年五木ひろしとプジョル
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by maillotvert | 2012-04-25 08:22 | Road Races
ジロ、ガリレオがいた風景
09年ジロ、パドヴァのスタート地点となったPrato della Valle プラト・デッラ・ヴァッレは、彫像が林立し、アンティークな香りに包まれた見目麗しい広場。

パドヴァ大学で解剖教室を開催したガリレオ・ガリレイの彫刻もこの広大な敷地のどこかに紛れ込んでいるのだそう。
あの時、探し当てることができなかったのは心残りだけれど。

この無数の彫刻には、世に広く知られているわけではないものの、パドヴァの地元名士、という人物も多々いる由。

例えば、はるばる日本からやってきたTVの撮影隊を上から見下ろしているこのプリーツスカートにハイソックスの彫像(違)は、アンドレア・ダ・レカナーティ。
パドヴァで学んだ医師/哲学者なのだとか。
にこやかな顔を向ける日本人クルー御一行様たち、ジログッズにご満悦で、そんなことは知る由もなく。

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こちらはアントニオ・ザッコ。
ヴェネツィアの総督で、パドヴァで死去したという。
帽子が立派で、あたかも頭上で鳩が羽を休めているかのよう。
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彫刻ひとりひとり確認していけば、話も夢も膨らんでさぞ楽しかろう、とは思うものの、ジロスタートの号砲とともに踵を返して空港行きのバスに飛び乗ることになる身に、そんな余裕は無論なく。

それでも、皇居東御苑の向こうを張るような古代もどきの中世ロマン溢れるお堀に縁どられたのどかな景色を前に、しばし本来の目的であるジロをも忘れて、まったりと雰囲気に浸ってみる。
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とはいえちょっと気を抜いて、視線を左斜め5度方向に外そうものならば、この通りなわけだけど。
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また行きたいパドヴァ。
いや正確には、この街に惹かれてこの後1度舞い戻っている。
でも、またもやガリレオの彫像探しをするのを忘れてしまい、いまだに消化不良。
さらなる再訪を果たすと意気込んでいる。

ジョットの青をまだ目に焼き付け足りないスクロヴェーニ礼拝堂と、洗礼堂に広がるメナブオイの花畑に埋もれたようなキリストのフレスコ画との再会も夢見つつ。
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by maillotvert | 2012-04-24 23:30 | Road Races
ロードレース中継が激減したドイツの話と、丁度10年前のトクダネのこんな記事
仕事でドイツからきた客人と会話中、こんな話を耳にした:
「青少年に与えるドーピングの悪影響を考慮し、ドイツではめっきりロードレースのTV中継が減ってしまって寂しい」と。

ビッグレースですら生中継はなかったりするという。
テレコムのチームぐるみともいえるスキャンダル以来というもの、ドイツでは硬派な姿勢が続いている模様。

そんな中、ふと丁度10年前の今日のトクダネアーカイブを見ていて気がついた。
当時フランスでも、スキャンダルの影響があり、レースが消滅しつつあったということ。
懐かしのミディ・リーブルがまだ開催されていた頃の話。


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トクダネアーカイブ: 2002年4月20日

5月22日から26日の間、フランスのラングドック地方を中心に繰り広げられるミディ・リーブル。丁度ジロ(5月11日―6月2日)、TOJ(5月19―26日)、ツアー オブ ベルギー(5月22―26日)とレースが目白押しになるこの時期は、レース チェックが随分忙しくなる。

実は、今年、個人的にミディ リーブルに少々注目していて、主催者に 本レースに関する資料提供を依頼したところ、丁度コース内容が新聞発表された時期だったらしく、その新聞記事をスキャナーで読み取ったものをEmailの添付ファイルで送ってくれた。最近は、フランス人も随分親切になったし、またスキャナーだとかEmailだとか、媒体的にも随分便利になった。(<== 現在注:時代を感じる。メールの普及で喜んでいる自分)

そして、この新聞記事によると、今年のミディリーブルには、ランス アームストロング、ローラン ジャラベールがエントリーされている。チームは現在14チーム。AG2R、ビッグマット、コフィディス、ボンジュール、CA(モロー、ベッシー)、CSCティスカリ、エウスカルテル(エチェバリアx2、昨年の覇者マヨ)、ファッサボルトロ(ジロに出ないメンバーがエントリーされているのだろう。今日時点で名前があがっているのは、バルダート、ギュストフ、ゴンチャール、イワノフ、ローダ、モントゴメリー)、FDJ、iBANESTO(マンセボ、オサ兄弟)、Jドゥラトゥール、オンセ(イゴールG、ヤクシェ)、サンカンタン(移籍したリネロ)、USPで、あともう1チームが後からセレクトされる。

特に、オンセとバネストは、ジロ出場を最近になって取りやめたため、ジロに向けて調整していた選手が、こちらのレースに流れる模様。また、7月6日のツール開始の1ヶ月強前に行われるレースとして、ランスの調整ぶりも見ものだろう。

特に、ミディリーブルの今年の特色が、ラスト2ステージが山岳コースとなっていて、最後の最後まで勝者がわからない。このラスト2つの山岳コースを、ランスがどう料理するかが実に見所。

ところで、このミディ リーブル、実は存亡の危機に面している。昨年、ツールドフランス、ミディ リーブル、ドルフィネといったフランスのレース主催者は、ドーピング撲滅のためのプロトコルにサインをかわした。

しかし、今年のパリ ルーベで、ドーピングコントロールがないがしろにされたことを受け、ミディ リーブル主催者は、アンチ ドーピングの倫理に反する今後の事態を懸念し、倫理規範に則ったレース運営が困難とされるようになった場合は、来年からレースの開催を中止すると表明した。

無理もない。このレースの主催者は、ラングドック地方のローカル新聞ミディ リーブル紙なのだ。こうした独立系のローカル紙主催のレースとなると、いろいろとデリケートな問題も出てくる。スキャンダルでも起これば、一気に新聞の購読にも響きかねないし、ドーピングとの戦いを取り上げるジャーナリズムの立場からもまずいこと。

同時に、予算の問題もある。ここ数年の自転車レースに対するイメージ ダウンで、スポンサー離れがあり、予算確保が難しい。とはいえ、ジャジャ、ランスといった一流の選手がエントリーしているミディリーブル。選手からも、監督からも、一流のレースと見なされていることには間違いない。主催者の長である、NJ ベルジュルー氏は、強い口調で、きっぱりと語った。「ミディ リーブルでは、注射器の氾濫は許さない」と。
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by maillotvert | 2012-04-20 08:30 | Road Races
アムステルゴールド優勝のエンリーコ・ガスパロット - ガス会社つながりの集合写真


2005年、フランス出張からの帰国日に、パリ~ツールのスタートだけ見に行った。
パリ~、、と銘打ってはいるものの、パリからは結構遠い郊外で、しかもスタート地点への公共交通機関はなく、週末でタクシーもなく。
帰りは庭で車の手入れをしていた個人タクシーの運転手さんに、"休日出勤"をお願いして、特別に乗せてもらった、というハラハラドキドキの道中だった。

写真は、その際に見たガスパロット。
このレースのスポンサーのひとつがフランスのガス会社「プリマギャズ」だったため、ガス会社つながりでリクイガスチームの面々とプリマギャズ・キャンペーンガールとの集合写真とあいなった。

ロード・イタリアチャンプとなり、トリコロールカラーを身にまとっていた。当時 23歳。
その後、単球症で1月末ぐらいまで2ヶ月間ほど静養となった。
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by maillotvert | 2012-04-16 08:03 | Road Races
2007年、アムステルゴールドに出場したときの土井雪広選手


上は、2007年、アムステルゴールドを走った土井ちゃん。
以下、2007年にオランダからサイトにて配信した、アムステルゴールド現地観戦記のアーカイブから:

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手頃な宿がなくて、今回泊ったのは、マーストリヒトから1駅電車に乗った場所。
クロークルームに入ったら、スキルシマノのフィアホウテンのバイクがあった。
どうやらスキルシマノが同じ宿のようだ。
フィアホウテンは自宅がここから近いので、ひとりで自走できて、クロークルームにバイクを預けたのだろう。

夕方宿に戻ったら、チームカーが到着していた。
その後、土井選手およびマネージャーのイヴァンに対面。イヴァンの話によると、土井選手は昨日地元TV番組に出演したそうだ。
今回リーダーとなる元ミルラム、現スキルシマノのデンバッケルの特集番組が組まれ、その中で土井選手も日本人としてツアーオブシャムなどで活躍したと紹介され、アムステルでどう闘うかを聞かれたという。(英語)
彼は、「ビッグレースなので必ず成績を残したい I can do it」と言ったそうだ。

明日はリーダーのバンデッケルをサポートしつつ、上位進出を目指す。

さっきロビーでFDJのダクリューズを見かけたが、顔に大きなかさぶたをつけていた。落車したのかな。まだ傷は新しそう。

夕方、イヴァンが土井選手にシューズを渡す場面を目撃。
明日のレース用ではない。
規格品を一旦支給され、そのあと足型を取り、修正が加えられる。








ただ、この年の表彰台はこれ。
3人全員、のちに謹慎処分を食らうのだった。


シューマッハ、ディルーカ、レベッリン・・

レース前のボーヘルト。
このレースでは、いつも期待された人。



こちらはレース・コース紹介パンフ。
前年優勝者が表紙になっている。



コース概要。


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by maillotvert | 2012-04-15 22:09 | Road Races
シュヘルドプレイス
地元アントワープ郊外ではなかなかいい味を出しているセミクラシックのシュヘルドプレイス。

・ 2008年、観戦しに行った時に優勝した(それ以前も以降も優勝しており、去年のディフェンディングチャンプでもある)カヴェンディッシュが、ベイビー誕生時期と重なったため欠場となったり;
・ やたら活躍目覚ましいキッテルが再び本レースでも優勝を飾ったり;
・ ゴール地点で、女性カメラマンのタズ・ダーリング(ルーラーの写真もてがけており、09年サイクルモード東京に来日。ちょっとパンクな感じのイギリス人女性)が落車に巻き込まれて顎を骨折したといい;

と、昨日いろいろ話題を振りまいた。

でもあの08年のゴールは、これまで見た中でも忘れられないものだった。
なにしろゴール手前50mまではボーネンが先頭で、勝ちを確信してウィニングポーズまでしてしまったのだから。それを、目も覚めるようなアクセレレーションで追い抜いたのがカヴェンディッシュ。

私が陣取ったゴール手前数十メートル地点では、ボーネン勝った、そう思った。
それが世紀の大逆転とは。



(そういやあ、翌年パリ~ルーベで出会ったベルギー人のロードファンに、シュヘルドプレイスが好き、と言ったら、まったく通じなかったっけ。シュヘルドプレイシ、というのをそのままカタカナ読みにしても、わかってもらえず。喉の奥から発するあの音は、無理。カタカナとは別物なのだ。)

くだんのいわくつきゴール(ベルギーのTVから)

勝ちを確信ボーネン

>おっと、カヴが鋭くさす




やったぜ!狂喜のカヴ .
ゴールスプリント ボーネンがカヴェンディッシュに敗れる瞬間>上から
ゴール直前右のボーネンリード
勝ちを確信ボーネン
あれ?不意打ちを食らうボーネン
.
カヴェンディッシュ、シャンパンファイトで調子に乗りすぎてすってんころりん
はしゃぎすぎて後ろに滑った
おっと
背中から倒れこむ
ボーネンもびっくり
どっこいしょ
失態ちょっと恥ずかしい

本レースの模様はベルギーのTVでもバッチリ放映され、ボーネンがカヴェンディッシュに 優勝をさらわれるシーンとカヴェンディッシュのシャンパンファイトすってんころりんを重点的に流していた。
TVレポートによるとカヴェンディッシュは途中でメカトラもあったようだが、あとあとまで響かずに済んだようだ。レース後のインタビューでは、 ボーネン、なんか複雑な表情。まいったなぁ、といった様子。

私が見に行った2008年当時、余り日本では知られていないレースだったけど、パリ~ルーベの興奮に比べてもひけをとらないぐらい、ベルギーファンの熱狂振りは圧巻だった。

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by maillotvert | 2012-04-05 08:00 | Road Races
ツール・デ・フランドル
ボーネン優勝。
ベルギーの盛り上がりっぷりを見るにつけ、フランドルではベルギーが勝つ方が熱狂ぶりがより伝播して面白い気はするが。

にしてもルーカ・パオリーニ、息が長い。
ジャパンカップにも来た。


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by maillotvert | 2012-04-02 00:11 | Road Races
3月21日 チクリッシモ w/選手名鑑 発売
チクリッシモVol.27が昨日から発売に。

選手名鑑の中で受け持ったチーム(- Astana Pro Team / - Movistar Team / - RadioShack-Nissan / - BMC Racing Team / - Katusha Team / - Team Saxo Bank / - Euskaltel-Euskadi / - Rabobank / - Vacansoleil-DCM / - ANDALUCIA / - Netapp)のうち、書くのに時間がかかったのはダニエーレ・ベンナーティだろうか。

彼がフレームにある英数字をつけることがある(おまじないみたいな意味合いで)と聞き、それがなにか、どういう意味なのか、、、を探求しているうちに夜が更けていった思い出。

書いていて可笑しかったのはヴァカンソレイユのデヘント。
ツール出場を棒に振ってまでツール初日に結婚式を挙げる理由が、乙女チックだった。

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ディルーカ、自社フレームの説明をするのに、「ペンを貸してくれ!」そう言って緑の印字でフレームの絵を描き始めた。
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彼の画才を見抜くには、材料不足だが。
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by maillotvert | 2012-03-22 20:41 | Road Races
ミラノ~サンレモ サイモン・ゲランスと農家のおじさん
ゴスとゲランス、2枚看板でミラノ~サンレモを闘ったグリーンエッジ。
チーム初年度で栄えある伝統の一戦を制するとは。

それにしても優勝したサイモン・ゲランスは、17歳のときまでロードレースのことをあまり知らなかったというから驚きだ。

”17歳のときモトクロスでクラッシュ。ヒザを負傷した際、近所の農家のおじさんに自転車を勧められて(去年の選手名鑑から)”始めたわけなのだが、このおじさんの正体を、彼は知らなかったそうだ。

一見ただのおじさんに見えた農夫が、よもやかつてモトローラに所属し、欧州以外の選手として初めてツールのマイヨジョーヌを獲得した偉大なフィル・アンダーソンだったとは。
(近所なのだから、噂ぐらいで伝わったりしなかったのだろうか。いくらTwitterとかがない時代だったとはいえ・・)

ロードレースを開始して、いきなり元マイヨジョーヌにコーチしてもらえるなんて、そんな千載一遇のチャンスをつかんだゲランス。
とはいえ勧誘したフィル自身、ここまでゲランスが伸びるとは予想外だったそうなのだけれど。

昨日のレース、決定的だったラスト4.7キロのニーバリのアタックを逃さなかった集中力と、脚に蓄えた余力。スプリントで勝機があるから、その時点で、逃げた3人の中で、心理的に有利だったはず。

ツールのイタリアステージで優勝したとき(08年)も、少人数スプリントでの制圧だった。あの時の人数は4人だったけど。

以下、上位3人関連Photos:
Photo: 09年、モナコの街でトレーニングを終えて、レンショー宅に、電源かなにかを返却にきたゲランスに遭遇。
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Poto) マペイのスタジエール時代のカンチェッラーラ。右はCSCスタジエール時代のフランク・シュレック。ジャパンカップにて。
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Photo) 08年ツールのイタリアステージにて。彼女はニーバリの出身地メッシーナの人ではなく、トスカーナの人なのだとか。でも出身地を超えてファンなのだった。
メッシーナの鮫ニーバリのフラッグ。
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by maillotvert | 2012-03-18 08:19 | Road Races