カテゴリ:Road Races( 58 )
ジャパンカップクリテリウム
宇都宮で行われたジャパンカップ・クリテリウム。
事前予想として、オーストラリアのジェネシスがやる気満々かもね、などと友人と話していた。

去年初回のクリテリウムを制したドラパック・ポルシェのパーマーもオーストラリア人。
本戦での優勝は難しいかもしれない野武士的な選手・チームが闘志を見せるのではと。

結果は、といえば、ジェネシスのヴォン・ホフが優勝。
これでオーストラリア人が2連勝。

普段ジェネシスというチームは馴染みがないけれど、今回、なにかと存在感を見せていた。
にこやかな場面が多々あり、日本の滞在を楽しんでいる様子がうかがえた。

正直、震災の年の来日ということで、選手の中には来日を躊躇した選手もいたかもしれない。。
それでもはるばる来てくれて、なんとはなしに楽しんでいるような姿を見るとほっとする。

帰国して、「日本は大丈夫だったよ」なんて周囲に吹聴してくれたりすれば、敬遠されがちな今日この頃の日本が元気になれそうな気がする。

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ネイサン・ハースはタスマニア一周で山岳王。ジェリービーンズの選手から、「彼はチャンピオンなんだよ」などと言われていた。
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やはりにこやかな印象、ジェネシス。
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by maillotvert | 2011-10-22 23:41 | Road Races
なつかしのジャパンカップ カンチェッラーラ、シュレック兄、エヴァンス、白戸さん・・
マペイ時代のカンチェッラーラ、CSCスタジエールで新米のシュレック兄、半年だけサエコにいたエヴァンス、、、初々しい(?)あの顔、この顔@ジャパンカップ。

カンチェッラーラを個人的にしっかり認識し始めたのはファッサボルトロ時代なので、それより前、マペイジャージの彼は、ほとんど記憶にない。

シュレック兄(右)とカンチェッラーラ、いずれチームメイトになろうとは、このときは互いに予想していなかったに違いない。2002年ジャパンカップ。
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シュレック兄はぺーぺーだったので、ひとりだけチームから支給されたバイクではなかった。
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CSCジャージ姿を日本のファンに初披露。
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エヴァンスは、「JCのあと大阪で友人に会い、皮のジャケットを買ったんだ」と言っていた。
MTBでは有名でも、ロードレースではまだ知られた存在とは言い難く、目立っていなかったがしっかり2位。
2001 年。
写真だと顔はちゃんと見えないが、この顎はまぎれもなくエヴァンス。
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モーリ兄(マッシミリアーノ)にインタビューする白戸さん。
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この角度だと、弟のマヌエーレにそっくり。
兄のほうがややほっそりした感じ。
あの頃はモーリと言えば、マッシミリアーノだった。
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この年(2001年)はシモーニもきていた。
ふらりーとホテルのロビーをうろつく姿はふつうのあんちゃん。
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シモーニは雑誌の撮影が入り、その間おニューのズックが放置されていた。
「あ、これシモーニのだ」、と友人と話題にしてたら、突如背後から声がした。
「臭い、嗅いでみたら?」
誰だ?と振り返ると白戸太朗さんだった。
私が白戸さんと初めて会話した第一声がこれだった。
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ガルゼッリ様。近づきがたいオーラ発散中。
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右にいるビアージョ・コンテは過去の来日者の中でもとりわけイケメンだった。現在リクイガスのトレーナーをやってるという噂も聞いたのだが、近況が気になる。相変わらず美しいのだろうか。
左は当時ランプレのメカニック、ガブリエーレ・トセッロ。
なんといつの間にかアスタナのメカニックをしているらしく、今年も来日だ。
いつも日本にきてくれる。心根の優しい働き者。
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見返り美人。マルコ・ピノッティ。当時確か結婚したばかり。
背後から、彼女の名前を呼んでみたらニッコリ。
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雨だったなぁ、2001年JC。でもシモーニ(右)が本気を出してくれて優勝。
手抜きなく、嬉しかった。
そのシモーニを鋭くぬかりなくマークするエヴァンス(右から2番目)。
このときMTBからロードに転向したばかり。でもそうとは思えぬ貫録ある冷静沈着なレース運び。
やがてツール総合優勝を成し遂げるその実力ぶりをチラリとのぞかせているような。
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by maillotvert | 2011-10-20 23:34 | Road Races
ジロ・デ・イタリア2012ルート発表
昨日発表になったジロ2011年のコース。
第10、11ステージには、アッシジが組み込まれていた。

これまで訪れたヨーロッパの街の中で、もっとも心を揺さぶれた場所のひとつ。

聖フランチェスコが眠る聖堂が、ご加護を与えるかのように高台から石造りの街並みを優しく見降ろし、
スバシオ山で採掘されたというバラ色大理石のファサードは、夕暮れ時にはオレンジ色に輝き、
ジョットが描いた聖フランチェスコと小鳥の会話の絵が心をなごませてくれる町。

来年5月15,16日か、行きたいなぁ、と思いつつ、あの静かな佇まいがジロの喧騒に包まれるのを自分が好んで見たいのかどうか、ちょっと自信がない。
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昨日のプレゼンの模様。
RCSから配信されてきたニュースレターから。Copyright@RCS
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プレゼンの様子を伝えるCNの記事
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by maillotvert | 2011-10-17 07:30 | Road Races
ジャパンカップ名物 その1
レースカレンダーも残り僅か・・と実感するジャパンカップも気がつけば1週間後。
七夕祭りのごとく、年に1度旧交を温める場でもあり、新しく名物になりつつある、あの名調子が聞かれる場でもある。

* 2011年ジャパンカップを前に
    今年も、ジャパンカップで先導車がんばります。
    皆さんの期待にどこまでこたえられるかは
    ???です。
    よろしくお願い申し上げます。
    (from TOMY先生 2011年10月

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* 2010年ジャパンカップにて
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    この土曜日、日曜日にジャパンカップで競技役員を務めることになりました。
    土曜日朝に現着です。
    日曜日は露払いの先導自動車だと思います。
    宇都宮のドクターは以前からなされている宇都宮の先生がなさると思います。
    ツールド北海道の際には、RADIO CARでレースの状況が非常によくわかりました。
    根っからのロードレース好きですので救護・競技役員問わず協力します。
    今回は露払いなのでレースの状況は分からないでしょうが、
    ジャパンカップに貢献できるというのを光栄にがんばりまーす。
    (from TOMY先生 2010年10月)

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* 2009年シマノ鈴鹿にて
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    走る医者?私はロードで走る薮医者です。
    現場急行の際はこの自転車はdoctor motoになる可能性もあります。
    その際は死ぬ気でモガキます。
    今週末はツール・ド・北海道の市民・モエレ沼で走りまーす。
    その際はきちんとしたジャージ・レーパンで走ります
    関西方面から行きます。見かけたら声かけてください。
    (from TOMY先生 2009年9月)

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by maillotvert | 2011-10-15 23:39 | Road Races
帰国報告 ブエルタ・ア・エスパーニャ Part 2
バスク地方のことを勉強し、その研究がてらブエルタを観戦したkubojiさんから帰国報告が届いた。

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■ 19ステージ、ゴール付近

前日までは全くそれらしい準備がされていませんでしたが、当日の朝10時ごろには交通規制がかかったり、大通りのゴール付近の準備が始まっていました。

地元紙El correoは33年ぶりに通るブエルタ特集を組んでいて、こちらもわくわくしたものです。
16時ごろになるとようやくにぎわい始め、会場を盛り上げるためのイベントも始まっていました。

ゴール手前75mのところで会場の大型画面の映像を見ながら観戦していたのですが、やはりエウスカルテル人気がすごかったです。
オレンジ軍団が着ているキャラクターTシャツはkukuxumusuというバスクのブランドが毎年ツール応援用に限定生産している品とのことでした。

一周回目の、先頭集団で逃げるアントンへの声援、その後のアントンがブルセギンをちぎりにかかったときの応援、ひとりでゴールに凱旋してきたアントンを迎える
観客の盛り上がりようはすごかったです。

ゴールすぐ手前にはETAのシュプレヒコールを繰り返す一団もいて、警察車両にブーイングしたりもしていたのですが、それを煙たがるバスク人もいました。

さすがに山岳ほどではないにしろ、ゴール前も盛り上がっていました。
ゴール後はETAを意識してか厳戒態勢といった具合で、緊張感がありました。
表彰式はコーボなんて目じゃないといった様子で、アントン一色でした。



■ 20ステージ、スタート地点

地元紙El Correoは前日のアントンの勝利をトップで報道しています。

12:30にニュートラル・スタートなので11時ごろ会場入りすると、続々とチームバスが到着するところでした。
この時すでにエウスカルテルのバスの周りは黒山の人だかり。2番人気のGEOXの倍は人が集まっていたと思います。

ちなみにエウスカルテルの隣にあったSKILのバスの周囲はガラガラで、近寄りたい放題です。
各チーム、それぞれのペースで準備を始め、インタビューを受けたりしていました。

エウスカルテルの選手に近づけそうになかったので、GEOXのバス前に移り、監督とメンショフからサインをもらいました。

和やかな印象の監督とは対照的に、メンショフやサストレはけっこうピリピリした感じでした。
その後、日本やヨーロッパの記者にインタビューを受ける土井選手からもサインをもらい、僭越ながら頑張ってくださいと声をかけました。

すると赤ゼッケンをつけたアントンがちょうど会場入りするところで(とはいえ次から次にファンがよってくるのでなかなか進まない)、慌てて近寄ると、

昨日勝った安堵からかアントンもにこやかにファンと話したり写真を撮ったりしているので、ちゃっかり彼からもサインをゲット。
そうしてすぐに和やかなムードのままスタートしていき、集まった人も「暑い暑い」と言いながら帰って行きました。


バスクのステージは33年ぶりというだけあって、現地の人にとってもどうなるか(ちゃんと盛り上がるのか、そうではないのか)わからなかったようです。

特にビルバオ市内の住人には「テレビで観たほうがいいでしょ、暑いし」という人も少なからずいたようです。やはりわざわざ山に行く人のほうが気合入ってます。

とにかく、アントンがちゃんとビルバオのゴールをとったということでだいぶいい盛り上がりと、お祝いの雰囲気を感じることができました。

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以下写真はすべてCopyrigh@ kubojiさん


kubojiさんの上記コメントにもあるように、バスクでの開催は33年ぶりのこと。
やはり警官の姿が見え、バスクでの開催、ピリピリした場面がなかったわけではないようだ。

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優勝者コーボを擁するGEOXより、エウスカルテルの方が大人気だったという事実。
やはり今年のブエルタNo.1の選手のチームよりも、我が地元のチームだろう。

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スカイなどは閑古鳥だったそうで、スペイン以外のチームは寄りたい放題だったと聞く。

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by maillotvert | 2011-09-22 20:05 | Road Races
ブエルタ・ア・エスパーニャ終了
■ コボ、カンタブリア地方初の総合優勝者


寡黙な男、と地元政治家をしていわしめたフアンホ・コボの優勝で幕を閉じたブエルタ。
カンタブリア地方出身者のブエルタ優勝は初めて。
地元知事が大喜びしている。
http://www.as.com/ciclismo/articulo/zapatero-felicita-cobo-brillante-victoria/20110911dasdascic_9/Tes

サパテロ首相もコボに祝電を送ったという。
その他もろもろの選手の一人だった彼が、一夜にして一国の主に名指しで祝福を受けるという事実。
優勝すればこそ。
「優勝して、今までの労苦が報われましたね」
という首相の言葉を心底実感しているに違いない。

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オラーノとヒメネスがチームメイト同士で大分裂して優勝を奪い合った98年、
ウルリッヒが追いすがるガルデアノをシャットアウトした99年、
私のブエルタの記憶はこのあたりから始まる。

これら2つの闘いの他にも、印象的だった大会がある。
エラスとノサルが総合優勝をかけた最後の山岳TTで争いあった年、
カセロが首位に君臨していたセビーヤを最終日TTで大逆転してしまってシラけた年。

なかなか個性的な闘いが多かった。

が、カセロがTTの力だけで優勝をさらった年は、苦虫をかみつぶして見ていた関係者が多かった。

大逆転の面白い展開を期待しつつ、いざ実際にそれがなされてしまったら、一同ドッチラケという実態。
一度もリーダージャージを期間中着ていなかった人が、最後の最後の表彰台だけリーダージャージをまというという違和感。

ジェットコースターの展開は、それほどエキサイティングではない、そう気づいたかブエルタ。

日程表の最終日に長距離TTをもっていくことには懲りたような感がある。
といことで、今回はクライマーのコボが、無事リーダージャージに収まった。

一方、01年、天下のTT大逆転勝利を収めたカセロは、その年の世界選に選ばれなかった。
油揚げをさらったトンビのごとく、カセロのことを関係者が認知しなかった、その表れだった。
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by maillotvert | 2011-09-22 12:22 | Road Races
帰国報告 ブエルタ・ア・エスパーニャ Part 2
以下、kubojiさんからの帰国報告Part 2

コーボの地元カンタブリアの人たちがバスク人のごとく盛り上がっている姿が印象的だ。

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■ 21ステージ、ゴール付近


15時ごろプラド美術館近くの広場へ向かうと、すでにコーボの応援団を中心に盛り上がっているところ。

彼らはそろいの"El Bisonte"(野牛)と書かれた緑のTシャツを着て、お酒も入ってお祭りムードです。

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大半はコーボと同じカンタブリア人だったと思われます。

ゴール前50m地点、特設スタンドから彼らと観戦していました。カウベルを鳴らしたり、GEOXや地方の旗を振ったりと、かなり盛り上がっています。

ちなみに、skyのチームカーが通るときに彼らからブーイングが起こっていたのが印象的でした。

レース後の表彰式もコーボの独壇場で、ずっと声援がなりやみません。そして表彰式が終わったあとが祭本番といった熱気に。

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記者のインタビューも終わると会場の柵も外されてファンがなだれ込み、まずデ・ラ・フェンテを胴上げして(彼もカンタブリア出身らしく、応援団に大人気)、

次に監督、そしてコーボを胴上げしてました。

彼らがバスに引っ込んだあとも"Campeones, Campeones"の大合唱。楽しかったです。


GEOX応援団が異様に盛り上がる中、SKYのバス周辺はほとんど人もおらず、近づいてみるとバスの外でインタビューを受けていたフルームがサインをくれました。
この日は全表彰式が終わった後にデ・ラ・フェンテからもサインをもらっています。


翌日のas紙では歴代の優勝選手リストや、カンタブリア出身選手が初めてブエルタを勝ったこと、今までどの地方から優勝者が出ているかというランキングなど、インタビュー以外にも面白い記事がありました。
(ただ、同じ日にサッカーの試合もあったのでそこまで紙面は多く使われていませんでした……)

(Report/Photo copyright@ kubojiさん)
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by maillotvert | 2011-09-21 22:33 | Road Races
ジロの舞台、今の顔 
パドヴァにあるプラートデッラバッレ広場。
ジロファンには、ちょっと聞き覚えがある場所かもしれない。

09年ジロのパドヴァステージのスタート地だったから。

そのプラートデッラバッレを先週再び訪れた。
というか、ホテルをそのそばに取ったのだ。

夜の風景は、こんな感じ。
イルミネーションで光り輝く広場を取り巻く漆黒の闇夜には、ぽっこりと半月が浮かび。

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そして一夜明ければ、こんな風に市場が立っていた。
自転車グッズばかりを売る店(写真右)も登場。
朝市に自転車専門露店が仲間入りするとは、お国柄か。


09年ジロの風景は、こんな感じだった。
彫像が建ち並ぶ美しい公園。

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普段は静かな広場なのだろうと思ったけれど、
市場が立つ朝は、2年前のスタート前の活気に負けないぐらい、なにやら物色する人々で賑わっていた。

下の写真ももちろん09年のときのもの。

あの時のおねえさんたちの溌剌ぶりと、市場でのお宝探しに余念がない老若男女の熱心さ、
同じ場所で、その両方を目撃したわけだ。


プラートデッラバッレ広場。
一体誰の発案なのやら、噴水がジロのローズ色に染められてしまったあの公園だ。

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by maillotvert | 2011-09-14 23:19 | Road Races