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ツール・ド・フランスがらみののプレゼント
自転車仲間の友人が出産祝いである人に贈ったというグッズ。
相手の人はロードファンなのだろう。

1.ツールのよだれかけ
2.ベビーカーの後ろにつける、子供が乗れる車輪付きのステップ
3.市販品をアレンジしたツールのよだれかけをつけた子供付きオリジナルカード。

ちなみによだれかけは、ツールのオフィシャルグッズ売り場で見つけたものらしい。
ロードファン限定にはなるかもしれないけど、贈る方も、もらう方も嬉しいお祝いグッズだ。

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by maillotvert | 2011-09-22 19:10 | Bicycle related
ブエルタ・ア・エスパーニャ終了
■ コボ、カンタブリア地方初の総合優勝者


寡黙な男、と地元政治家をしていわしめたフアンホ・コボの優勝で幕を閉じたブエルタ。
カンタブリア地方出身者のブエルタ優勝は初めて。
地元知事が大喜びしている。
http://www.as.com/ciclismo/articulo/zapatero-felicita-cobo-brillante-victoria/20110911dasdascic_9/Tes

サパテロ首相もコボに祝電を送ったという。
その他もろもろの選手の一人だった彼が、一夜にして一国の主に名指しで祝福を受けるという事実。
優勝すればこそ。
「優勝して、今までの労苦が報われましたね」
という首相の言葉を心底実感しているに違いない。

~~~

オラーノとヒメネスがチームメイト同士で大分裂して優勝を奪い合った98年、
ウルリッヒが追いすがるガルデアノをシャットアウトした99年、
私のブエルタの記憶はこのあたりから始まる。

これら2つの闘いの他にも、印象的だった大会がある。
エラスとノサルが総合優勝をかけた最後の山岳TTで争いあった年、
カセロが首位に君臨していたセビーヤを最終日TTで大逆転してしまってシラけた年。

なかなか個性的な闘いが多かった。

が、カセロがTTの力だけで優勝をさらった年は、苦虫をかみつぶして見ていた関係者が多かった。

大逆転の面白い展開を期待しつつ、いざ実際にそれがなされてしまったら、一同ドッチラケという実態。
一度もリーダージャージを期間中着ていなかった人が、最後の最後の表彰台だけリーダージャージをまというという違和感。

ジェットコースターの展開は、それほどエキサイティングではない、そう気づいたかブエルタ。

日程表の最終日に長距離TTをもっていくことには懲りたような感がある。
といことで、今回はクライマーのコボが、無事リーダージャージに収まった。

一方、01年、天下のTT大逆転勝利を収めたカセロは、その年の世界選に選ばれなかった。
油揚げをさらったトンビのごとく、カセロのことを関係者が認知しなかった、その表れだった。
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by maillotvert | 2011-09-22 12:22 | Road Races
帰国報告 ブエルタ・ア・エスパーニャ Part 2
以下、kubojiさんからの帰国報告Part 2

コーボの地元カンタブリアの人たちがバスク人のごとく盛り上がっている姿が印象的だ。

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■ 21ステージ、ゴール付近


15時ごろプラド美術館近くの広場へ向かうと、すでにコーボの応援団を中心に盛り上がっているところ。

彼らはそろいの"El Bisonte"(野牛)と書かれた緑のTシャツを着て、お酒も入ってお祭りムードです。

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大半はコーボと同じカンタブリア人だったと思われます。

ゴール前50m地点、特設スタンドから彼らと観戦していました。カウベルを鳴らしたり、GEOXや地方の旗を振ったりと、かなり盛り上がっています。

ちなみに、skyのチームカーが通るときに彼らからブーイングが起こっていたのが印象的でした。

レース後の表彰式もコーボの独壇場で、ずっと声援がなりやみません。そして表彰式が終わったあとが祭本番といった熱気に。

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記者のインタビューも終わると会場の柵も外されてファンがなだれ込み、まずデ・ラ・フェンテを胴上げして(彼もカンタブリア出身らしく、応援団に大人気)、

次に監督、そしてコーボを胴上げしてました。

彼らがバスに引っ込んだあとも"Campeones, Campeones"の大合唱。楽しかったです。


GEOX応援団が異様に盛り上がる中、SKYのバス周辺はほとんど人もおらず、近づいてみるとバスの外でインタビューを受けていたフルームがサインをくれました。
この日は全表彰式が終わった後にデ・ラ・フェンテからもサインをもらっています。


翌日のas紙では歴代の優勝選手リストや、カンタブリア出身選手が初めてブエルタを勝ったこと、今までどの地方から優勝者が出ているかというランキングなど、インタビュー以外にも面白い記事がありました。
(ただ、同じ日にサッカーの試合もあったのでそこまで紙面は多く使われていませんでした……)

(Report/Photo copyright@ kubojiさん)
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by maillotvert | 2011-09-21 22:33 | Road Races
トライアスロン世界選手権シリーズ横浜大会 その1 : 男子エリートはジョアン・シルヴァが優勝
5月の予定が震災の影響で9月19日に移動となったトライアスロンの世界選手権。

閉会式で挨拶にあたった主催者側の方自身、福島県在住ということで、
この日の開催を感無量で迎えたそうだ。

普通開会式だとか閉幕式のスピーチや結婚式の主賓挨拶は退屈なのが相場だけれど、
この閉幕式の挨拶には、押しつけがましいところもなく、純粋な喜びがうかがわれた。

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5月の大会がキャンセルになったとき、個人的に今年度は日本での開催はもうないのでは、と思った。

それが海外からの選手たちを迎えて見事大会を復活させることができた上に、
NHKのPRもあり昨年よりも大々的な大会になった。

ここまでに至る道、相当なご苦労があったのだろうな、、、
喜びと安堵を気負うことなく率直に言葉にのせるスピーチを聞いいてそう思った。


すると、いましがた、NHKニュースで、舞台裏を伝える報道があった。

震災後、開催にこぎつけるまでに並々ならぬ努力があったことを知る。
水質・大気の検査。
大会HPで毎日公開して海外選手たちに情報提供し続け、
国際トライアスロン連合のカサド会長(UCIのマックエイド会長のトライアスロン版か)を
被災地に招いて自身の目で納得してもらったり。
「日本は大丈夫」と。

「成功の陰には安全性を理解してもらうための地道な取り組みがあった」、NHKはそう総括していた。


さて、私が見たこの日の大会。

まずはレース前、ある1人の選手が歩道でウォームアップをしているのを目撃。
「この人知ってる」と思ったが、誰だか思い出せない。
スタートリストを確認して判明。

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09年にシャコベオガリシアに入団し、トライアスロンからロードへの転向を試みて、
その年の末にはトライアスリートに戻ったイバン・ラニャだった。

11:06、一斉に水しぶきをあげてスイムが開始。
1ラップ目は団子状態。場内アナウンスにぞっとする。
「泳ぐと言うより、重なる感じです。そこでひるんではならない」
本当に折り重なるようにして密に泳いでいる。こわっ。

スイム2ラップ目。

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折り返しで、Vの字になる。

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2ラップ終え、怒涛のトランジションエリア。
続々と選手がバイクにまたがり通り過ぎていく。

ラニャがきた。

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闘志が既に失せてしまったかのような目つき。
タイムが芳しくない。
既に結構な遅れを取っていた。
結局このあとバイクの途中でリタイアとなってしまった。

この日優勝したシルヴァは、スイムでなかなかの好タイムを叩いた後、バイクでも積極的な走りをしていた。

前から2番目。
ポルトガル人なので、グリーンのウエア。

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シルヴァ。再び先頭集団の前から2番目。
以前ポルタ・アオン・アルガルヴェというポルトガルのレースに行ったとき、
地元チームにやたらシルヴァという名前の選手がいた。
ポルトガルでは多い名前のよう。

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2、3位になったロシアのアレクサンドル・ブルカンコフとドミトリー・ポリャンスキーも、最終ラップ、
いい感じで競り上がっている。

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最後、ランで一気に前を陥れたシルヴァがゴール。
と、ここまではよかったが、、、

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2位がハイタッチしているとき、倒れこんでいた。

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2位もハイタッチでうかうかいしていられない、3位がひたひたと迫ってきている。

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細田雄一選手、日本人最高位の10位。

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NHKニュースによると、細田選手、残念ながら五輪出場枠の獲得決定とはならなかったそうだが、
ランで一時トップに躍り出た時は、パブリックビューイング前が大いに沸いた。

最後、バテてしまった、という本人のコメントがあったが、
体格的に不利、ということはなさそうだ。

優勝したシルヴァは、170cm。
「見るからにスゴそうで脅威感を与えるからだつき」、というわけではない。
それでも世界大会で堂々優勝。
日本人選手も、きっとそのうち・・そう思わせる
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by maillotvert | 2011-09-20 22:57 | Races other than RR
自転車発電で福島支援 パリ中心部でイベント
原発がなくても人力で電気は起こせる-。パリ中心部の美術館グランパレで17日、市民が参加して発電機を付けた自転車をこぎ、電気を起こすイベント「ディナモ福島」が行われた。原発事故に見舞われた福島の人々への支援が目的。

http://www.sanspo.com/shakai/news/110918/sha1109181103016-n1.htm
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by maillotvert | 2011-09-19 23:09 | Bicycle related
カルロス・サストレ引退・父の後継ぎの道は?
ニュースリリースによると、カルロス・サストレが引退を決意したという。


かつて彼は父についてこんなふうに語っていた:

「スポーツ人生において大きな影響力があった」と。


ビクトルは地元アビラ県のエル・バラコの自転車界にあって重要人物。

自転車学校を経営し、若手の育成に情熱を注ぎ。
かつて彼は父についてこんなふうに語っていた:

「スポーツ人生において大きな影響力があった」と。


ビクトルは地元アビラ県のエル・バラコの自転車界にあって重要人物。

自転車学校を経営し、若手の育成に情熱を注ぎ。

彼の学校は、地元のヒーロー、アンヘル・アロヨ選手(’83 ツールでフィニヨンについで総合2位になったこともある)を称えるかたちで設立されたと聞く。


私の「サストレ」の記憶は、カルロスよりこのビクトルから始まる。
スペインの雑誌で、初めて目にしたサストレが、ビクトルの方だった。
自転車界の重鎮として紹介されていた。

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その時の写真はすぐに出てこなかったけれど、上の一枚なら手元にある。


これはロード界のプリンスとしてかつてスペイン中の女性をとりこにしたホセ・マリア・ヒメネスの追悼特集記事に出てくるビクトル。(一番右・ヒメネスは左から2番目、一番左がエラス)


心の病で入院し、入院先の病院で激しい頭痛を訴えた後あっけなく逝ってしまったヒネネスは、クライマーとして、いわゆるアイドル的存在だった。

そんな彼を発掘したのがビクトル。


当時少年ヒメネスの体重は100kg。しかし彼の勧めでレースに出るようになり、味をしめた後は体重も激減。
またたく間にクライマーとしての頭角を現した。
ヒメネスにとって、ビクトルは第二の父だった。


オマケの話として、サストレの奥さんが、ヒメネスの女兄弟ピエダ。
両家の強い関係を物語る。


03年、義兄弟となったヒメネスが急逝したとき、父ビクトルは憔悴していたけれど、カルロスの衝撃もかなりのものだったと聞く。

義兄弟の死について口をとざしたままだった彼だけれど、その後、ツールで区間優勝した折りに、こう話した。


「僕は普段、感情を余り外に出すほうではない、でも信条はもっている。
僕は今日、僕のもとをさった人・でも自分いとってとても大事で、いつもそばにいてくれる人のために、天を指差してゴールした。そう、ホセマリアのためだった。
彼は常に一緒だった。レースもすべてを共にしてきた。だからこの優勝は彼のもの。きっと彼は僕と一緒にこの場にいたかったことだろう。ツールで勝ちたい、僕と同じ夢を持っていたんだ」

感情を余り外に出さないそんなカルロス。
引退後は、どこに新天地を求めるのだろう。


下の写真は生前のヒメネス@ツール。
ちょっと尊大だったけれど、軽口を叩き、ネタ集めには格好で、記者たちの人気者だった。
引退後は、父ビクトルの後を継ぐのだろうか?

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by maillotvert | 2011-09-16 23:15 | Riders
五輪7大会連続の熟年パワー ジャニー・ロンゴの話
初めてオリンピックに出場したのは1984年のこと。
92年バルセロナはロードで銀メダル、1996年アトランタ大会ではロードTTで銀メダル、ロードで金メダル、2000年シドニーはTTで銅メダル。

08年には北京にも出場し、84年以来7大会連続の出場。
ツール7年連続出場ならまだしも、4年に一度の五輪。

現役時代のベルナール・イノーと一緒にローカルレースに出た写真を見た時は、なんだか2人の間の時代がズレてる、と思った。
イノーといえば往年の名選手、なのに、片方は現役選手。


こんな名文句もある。
「ランス・アームストロングなんて、まだまだ小僧」

ランスが復活を遂げた08年の語録。

談話はこう続く:
「ランスはまだたったの37歳でしょう?私なんて38歳になる年に、初めてオリンピックチャンピオンになったのだから!」

ロンゴは96年アトランタ五輪ロードで金メダルを獲得したのだった。
世界タイトルは過去13回。
その他、フランス選手権やメジャーレースであげた戦歴は数知れず。
むろん、国内いまだ敵なし。


学業の方でも秀でていて、数学で学士号を取得、MBA取得、スポーツ経営学で博士号。

そして、極度の外部性アレルギー。
Veloマガジン担当者が自宅インタビューのアポをとる際、デオドラント禁止、アフターシェーブローション禁止、香水禁止、工業用クリーニングからおろしたての服の着用禁止、と言い渡された。

気難しいことでも知られるが、鋼のような意志がなければかような偉業達成は不可能だったのではないか。


自叙伝を書いたらさぞ読み応えがありそうなこの一は、現在御年52歳。
現役の女子ライダー、ジャニー・ロンゴ。
熟年パワーの星だった。


しかし最近Webサイトをにぎわすスキャンダル。
アンチドーピングの義務を怠った。
居場所を知らせるシステム経由で申告した内容が虚偽だったとみなされた。
しかも3度にわたり。


もともとダウンヒルのスキー選手だった彼女を説き伏せて自転車に転向させた彼女の夫(兼コーチ)は、07年EPOを不法に入手したとして、現在自転車界から謹慎処分を受けることに。

世界選は精神的に大会にのぞむレベルではない、として不出場が決定。
このままフェイドアウトしてしまうのだろうか。


「(ロンゴが五輪初金メダルをとったのは)96年のアトランタだった。実はこのときランスも出場していた。これがガン告知前の最後のレースのひとつとなってしまった。

それ以来、ふたりは互いに己の限界まで力を出し尽くしてきた。年齢、病という壁を乗り越え、ときにある種の常識という壁までも打ち破りながら。」

3年前のルモンドは、こんなふうに彼女のことを称賛していた。


下の写真はロマンディ一周にて。
本レース最終日には、女子のTTレースが同時開催されている。


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by maillotvert | 2011-09-15 06:18 | Riders
ジロの舞台、今の顔 
パドヴァにあるプラートデッラバッレ広場。
ジロファンには、ちょっと聞き覚えがある場所かもしれない。

09年ジロのパドヴァステージのスタート地だったから。

そのプラートデッラバッレを先週再び訪れた。
というか、ホテルをそのそばに取ったのだ。

夜の風景は、こんな感じ。
イルミネーションで光り輝く広場を取り巻く漆黒の闇夜には、ぽっこりと半月が浮かび。

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そして一夜明ければ、こんな風に市場が立っていた。
自転車グッズばかりを売る店(写真右)も登場。
朝市に自転車専門露店が仲間入りするとは、お国柄か。


09年ジロの風景は、こんな感じだった。
彫像が建ち並ぶ美しい公園。

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普段は静かな広場なのだろうと思ったけれど、
市場が立つ朝は、2年前のスタート前の活気に負けないぐらい、なにやら物色する人々で賑わっていた。

下の写真ももちろん09年のときのもの。

あの時のおねえさんたちの溌剌ぶりと、市場でのお宝探しに余念がない老若男女の熱心さ、
同じ場所で、その両方を目撃したわけだ。


プラートデッラバッレ広場。
一体誰の発案なのやら、噴水がジロのローズ色に染められてしまったあの公園だ。

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by maillotvert | 2011-09-14 23:19 | Road Races
鈴鹿にきていた選手が先のレースで8位
ベルギーのように毎日がレース、という環境ではないので、国際的トップチーム所属の選手を見ることができる機会は限られるけれど、だからこそ、来日してくれる選手のことはしっかり胸に刻んで、それが感謝の証、みたいなところがあったりする。

というわけで、先日の鈴鹿に来日したクールトゥイユ選手との約束を果たし、しっかりとリザルトチェックをした、という人の便りから:


宮澤選手が優勝したレースで
8位にはいっているのが
鈴鹿で来日していた Arnaud Courteille 選手です。

添付は彼越しの表彰台です。

少しですが、話もさせてもらって、以後リザルトチェックするからと言った手前の有言実行。

(チェゼーナティコのKさんから)


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by maillotvert | 2011-09-10 23:23 | Riders